~あの夏に戻って~
彼女の買い物に付き合わされた。
なんでも浴衣を買いたいんだそうだ。
某有名なファンションビルの特設の浴衣売り場に連れて行かれた。
彼女は子供のようにうきうきとはしゃいでいる。
俺は少し居心地が悪いような気分で苦笑いする。
俺には浴衣の苦い思い出があるのだ。
あの、蒸し暑い夏の夜の思い出・・・
猛暑と言われた7月の終わり。
俺はまだ野球に明け暮れる坊主頭の少年だった。
その夜、クラスで一番仲の良かった女の子と夏祭りに行く約束をしていた。
付き合っていると噂をされていたこともあり俺には確か淡い恋心というものが芽生えていたように思う。
だが、彼女はあくまでも屈託なく、経験もない俺にその気持ちを確かめる勇気もなかった。
俺の生まれ育った街は今でこそ新興住宅地として開拓が進み真新しい建売住宅が並ぶが、
当時はまだ人口も多くなく田園がひろがるのどかな田舎町だった。
まだ明るい夕方、俺は自転車で家を出て彼女の家まで迎えに行った。
いつも迎えに行くとすぐに出てくる彼女らしくなく10分ほど待たされた。
思いがけなく持て余した時間が出来たせいでふと妙な考えが浮かんでしまった。
(今夜、手ぐらい繋いでみようかな。)
(案外向こうの方から告白してきたりして・・・)
「お待たせ~~」
玄関から出てきた彼女を見て俺は一瞬止まってしまった。
彼女が浴衣を着ていたのだ!
俺は気持ちを隠すように乱暴に言った。「お前そんな格好してたら自転車乗れねーじゃん!」
彼女はなめらかに俺の後ろに滑り込んでくる。「横乗りするから全然大丈夫!」
俺は今すぐにでも家に帰りたいような不貞腐れたような気持ちになって自転車を走らせた。
お祭り会場ではクラスメートもいて何人か浴衣を着ている子もいた。
そんな女子には「お前似合わねーよ!」と軽口を叩く余裕も出てきてすっかり気持ちも納まっていたが、
彼女の浴衣姿は眩しくて俺は彼女と一緒に来ていることに誇らしい気持ちさえ持ち始めていた。
彼女の好きそうな屋台に率先して連れて行ったり、食べ物や飲み物を買いに行ったり、
かいがいしく彼女に尽くした。
2時間ばかり屋台のゲームに夢中になり、すっかり頬を紅潮させた彼女が、
履いていた下駄のせいで足が痛くなったという。
俺はすごく自然な気持ちと動作で彼女の手を繋いだ。
彼女もそれに従った。
手を繋ぎながら今来た祭り会場の合間を無言で歩いた。
彼女が何を考えていたのかは今となっては知る由もないが、その時は同じ気持ちだ、と確信していた。
彼女を自転車の後ろに乗せ出発すると彼女の頭の重みを背中に感じた。
途中の竹薮で自転車を止めた。
この少し窪んだ空き地がいつも帰り道に座って雑談をする場所だ。
自転車の荷台に座る彼女を降ろして、キスをした。
蒸し暑い夜で、彼女はうっすらと汗ばんでいたが嫌じゃなかった。
目を閉じて俺の幼い欲求をストレートに受け止める彼女が愛しく、今すぐに全てを手に入れたくなった。
どこから進入すればいいのか分からない浴衣がじれったく、少し強引に胸元に手をこじ入れると彼女は言った。
「だめ・・・。」
その初めての小さな拒絶は、田舎小僧の俺を打ちのめすには十分な破壊力だった。
俺はそれ以上進むべき道を見つけられず、泣きたい気持ちで彼女を家まで送った。
その後彼女とは結ばれたが、お互いになんとなく疎遠になって終わった。
俺は今でも女の「だめ」という発言が苦手だ。
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「ねえ。どっちがいいの?ちゃんと見てよ。」
淡い紫の浴衣を羽織った彼女が口を尖らせて、俺の袖を引っ張っている。
俺のためにピシッと張った浴衣を着て甘えてくる女は大好きだ。
彼女が言う。
「5日の夜、11時にこれ着て待ってるね。。。」
癒しの天使ppHIROCOqqちゃんが、
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